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27名の助祭叙階。「受け入れなさい、理解しなさい、寄り添いなさい」

27名の助祭叙階。「受け入れなさい、理解しなさい、寄り添いなさい」

27名のオプス・デイの信徒に助祭叙階を授けたフアン・イグナシオ・アリエタ大司教は、説教の中で、「キリストの支配とは奉仕です」と語りました。

他のニュース2020/11/22

フアン・イグナシオ・アリエタ大司教は27名のオプス・デイの信徒に助祭叙階を授けました。新助祭の国籍は、ドイツ、ルーマニア、ブラジル、カナダ、イギリス、コートジボワール、スロバキア、スペイン、日本、ケニア、メキシコ、リトアニア、ナイジェリア、ペルーからなります。叙階式はローマにある属人区の国際神学校の天使の聖母教会で行われました。

「受け入れること、理解すること、寄り添うこと、愛すること…、これらが、今からの皆さんの人生をよりいっそう特徴づける態度なのです」。このように、アリエタ大司教は説教の中で新助祭たちに語りかけました。また、「これらの態度は、《仕える》の一言に要約できるでしょう。神があなた方に託した最も素晴らしいものを、人々のために捧げるのです」。

司式司教はまた、「これが、本日祝っている祭日の中心のメッセージです。全宇宙の王であるイエス・キリストの祭日は、神の御子の支配は奉仕であることを思い起こさせるのです」。(説教の全文はここから読むことができます)

オプス・デイの属人区長・フェルナンド・オカリス神父は、教会の内陣から式に参列しました。叙階式ミサの終わりに、オカリス師は叙階式に参列できなかった新助祭の家族へ言葉を向けました。「私の真心からのお祝いを皆さんに届けたいと願っています。そして、司祭職に向けて引き続き養成期間にいる新助祭たちのために力強く祈ってくださるようにお願いします。できるならば、来年5月には、ローマでお会いできることを期待しています。今、天国で聖ホセマリアがどれほど喜んでいることでしょう。聖ホセマリアの取次を通して、新助祭たちが、すべての人を、受け入れ、理解し、愛することができるように祈りましょう。この旅路において、おとめマリアの母としての仲介を常に頼りにしてください。心からおめでとう」。

コロナ感染症への対策のため、叙階式は限らられた参列者のみで執り行われました。式の模様はインターネットを通して配信されて、多くの人々が視聴しました。

新助祭の氏名は以下の通りです。

Francisco Javier Alfaro Gutiérrez, Mariano Almela Martínez, Pablo Álvarez Doreste, Juan Manuel Arbulú Saavedra, Francisco Javier Barrera Bernal, Alexsandro Bona, Branislav Borovský, Gaspar Ignacio Brahm Mir, Kevin de Souza, Borja Díaz de Bustamante de Ussia, Juan Diego Esquivias Padilla, Rafael Gil-Nogués, André Guerreiro, Alejandro Gutiérrez de Cabiedes Hidalgo de Caviedes, Casimir Kouassi N'gouan, Fernando López-Rivera Muñoz, Josemaría Mayora Padilla, José Ignacio Mir Montes, Jaime Moya Martín, Juan Prieto Álvarez, Héctor Razo Tena, Vytautas Jonas Saladis, Fadi Sarraf Chalhoub, Fumiaki Shinozaki(篠崎迪明), Marc Teixidor Viayna, Álvaro Tintoré Espuny y Obilor Bruno Ugwulali.

フアン・イグナシオ・アリエタ大司教の説教

親愛なるパドレ、親愛なる受階者の皆さん、親愛なるご家族の皆さん、そして、友人の皆さん。

私たちがこの聖なるミサで祝い始めている王であるキリストの祭日は、私たちが置かれている状況の中で、教会が助祭職によって皆さんに与えようとしている奉仕と慈善の使命について思い巡らす機会となります。

先ほど耳にした聖マタイによる福音書の中で、イエスは最後の審判がどのようなものであるかについて、「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められる(マタイ25,31-32)と宣言しています。

主はこの場面で、ご自身を羊飼いとして、また、王として示されます。長年、世話をしてきた羊たちを、今、右と左に分けなければならない羊飼いとして。また、どちらか一方に置かれた者を裁く王として。イエス自身、ご自分が裁く王であるとおっしゃっています。そして、まさに、イエスは彼らを裁き、それぞれに与えられる判決理由言い渡します。「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ…。

福音書の記述によると、すべての羊が驚きの反応を示したようです。「主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て…」(同25,37)。それぞれの人生においてそばにいたすべての人々の中にキリストがいたことを、そして、それらの人々の中で、寛大な振る舞いを求めていたのはキリストであったことを、右側の者たちも、左側の者たちも、その時まで理解していなかったのです。

しかし、人間的に言えば、さらに驚くべきことは、常に公正で公平である主が、これらすべての行為を、自分自身に向けられた個人的なものとされていることです。隣人に対する私たちの行動を、ご自身に向けられた愛の行為、あるいはその反対の行為として受け止めておられるのです。

ここで主は、私たちの側に置かれたご自身の子らの中に、また物理的に遠く離れている人たちの中にも、主ご自身がいることを宣言しています。もし、私たちが心を向けるならば、聖徒の交わりによって、遠くの人々も近くなるのです。

霊的成長にとって根本的なものは、まさに自分自身の生活の中でこの神秘を深く生きることにあります。また、キリスト者としての戦いの核心は、毎日、あらゆる状況で、イエスの行動に倣い、この神秘を行いに表すことにあります。

聖テレジアの言葉にあるように、神への愛の確かなしるしは、隣人愛を生きることにあります。私たちの神への愛を測ることはできませんが、自分が隣人をどのように愛しているかは、見ることができるのです。

ここで皆さんに助祭叙階を授けることができることを、私がどれほど幸せに思っているか想像できることでしょう。この天使の聖母教会は、私たちのパドレ(オプス・デイ創始者、聖ホセマリア)が、大きな愛情と信仰を持ってここに建立されることを望まれたのです。当時ここに住んでいた人々は、様々な喜びや困難の中で思い出を重ねて行きました。先だっての8月、トル・ダヴェイアであなたたちと素晴らしい日々を共に過ごしましたね。オプス・デイが私たちに与えてくれる様々な事を共に楽しむことができました。主の百倍の報いの一部に対して感謝しましょう。

先週の火曜日の夜にパドレ(オプス・デイ属人区長・フェルナンド・オカリス師)から、今日の叙階式の司式を頼まれた時、私が驚いたと言えば嘘になるでしょう。というのも、私たちが置かれている状況を考えると、消去法によって、私が叙階式に関わる可能性は高いと思っていました。そして、そうなることを益々「想像」していることに気付きました。当初の計画通りに叙階式が出来なかったことは残念なことです。いずれにしても、今日、司式できることを嬉しく思います。パドレ、このような機会を与えてくださりありがとうございます。

この叙階式に至るまでの日々は、本当に複雑なものでした。コロナ感染症は多くの計画を混乱させ、多くの苦しみをもたらしました。皆さんもその直接の被害を受けました。家族や友人が叙階式に参列することができなくなったからです。その上、最後の瞬間まで、皆さんも、叙階式に臨むことができるのか分からない状況に置かれていました。しかし、振り返ってみると、これらすべてのことが、もっと祈り、主の御心に身を委ね、この秘跡を受けるための準備をするための助けとなったこでしょう。

王であるキリストの祭日はまた、歴史の主の神的な視点からこれらすべての出来事を見るように私たちを招いています。いつの時代も、そして、私たちも経験してきたように、神はどんな状況からも実りを引き出されます。たとえ私たちにはそれがどのようになされるのかは分からないとしてもです。したがって、神とその愛に満ちた摂理を常に信頼することは、確かな避難所となります。それは、現在のように様々な困難にある時だけではなく、いつもそのように生きるべきなのです。私たちを限りなく愛してくださり、安全な道を整えてくださる御父の御腕にすべてを託して生きるのです。聖ホセマリアが繰り返したように、この委託の「確かで美味な」実りは、何ものによっても奪られることのないgaudium cum pace (喜びと平和)なのです。

第一朗読では、助祭として、そして後に司祭としての皆さんの務めが要約されています。「わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くする(エゼキエル34,16)。あなた方は、人々に会いに行くように召されているのであって、人々のための努力を出し惜しみしてはなりません。

皆さんが何年も前に受けたオプス・デイへの召命というたまものは、叙階の秘跡によって、「より限定される」のです。パドレが最後の手紙で説明してくれたように、新しいあなた方の生き方を定め、あなた方が学び続けることを要求するのです。それは、皆さんが新たな奉仕を生きるためであって、神の恩恵の奉仕者として、オプス・デイ属人区のため、聖十字架司祭会のため、全教会のための奉仕を発展させていくためなのです。

受け入れること、理解すること、寄り添うこと、愛すること…、これらが、今からの皆さんの人生をよりいっそう特徴づける態度です。これらの態度は、《仕える》の一言に要約できるでしょう。神があなた方に託した最も素晴らしいものを、人々のために捧げてください。周りの人に気を配り、パドレが求めておられる「心の若さ」の内に生きていくなら、幸せは献身にの度合いにかかっていることを実感することでしょう。

これが、本日祝っている祭日の中心のメッセージです。全宇宙の王であるイエス・キリストの祭日は、神の御子の支配は奉仕であることを思い起こさせてくれます。

親愛なる受階者の皆さん、無私の心で奉仕することを知っている人がいるとすれば、それはあなた方の両親です。すでに天国で報いを受けている方もおられるでしょう。そのことを私よりもあなた方が良く知っていることでしょう。あなた方の両親は、あなた方一人ひとりのために、自分のことを顧みずに頑張ってくれたのです。彼らは喜んで自分自身を捧げ、信仰の種をあなた方の中で成長させてくれました。今、皆さんの叙階の喜びを両親も味わっていることでしょう。しかし、その喜びに、一緒にいることのできない苦しみが加わります。

この叙階式をネット配信を通してご覧になっている、受階者の両親、親戚、友人の方々にご挨拶したいと思います。聖ホセマリアがこのような時に語った言葉ですが、彼らはまだあなた方を必要としています。祈りと愛で支えることを怠らないでください。彼らのために、そして今日から始まる奉仕職のために、今、あなた方が彼らと一緒にいることのできない悲しみを捧げてください。そして、主は非常に寛大な方ですから、その悲しみさえも善いものに変えてくださることを信じて、大いに喜んでください。

そろそろ終わりにしようと思います。先週の水曜日、教皇フランシスコは祈りに関するカテケージスの中で、聖母マリアの祈りについて話し、マリアの寛大な応えはその祈りから生まれたことを教えてくださいました。「マリアは、独自に自らの人生を方向づけることはしません。神にその歩みの手を取られ、御旨のままに導かれることを待ちます。マリアは従順です。その快く自分を差し出す態度をもって、この世において神と共に起きた様々な出来事を受け入れたのですと教皇は述べています。

今日、マリアの奉献を祝う私たちは、天の御母の御手に委ね、聖母と同じ望みを持つことができるよう願いましょう。イエスが私の人生を支配されますように。特に、奉仕職を始める皆さんをイエスが常に導いてくださいますように。

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